ドイツのこと
ここ最近、ネットがかーなーり、不安定で全然更新できなくて失礼いたしております…これも近所のカフェに行ってやってるの。
何度書きかけの記事がとんだ事か。←この悲しさ、やった人にはわかるでしょう…orz
メールもタイトルまで見てるのに、何故かその先が開けないとか
そんな状態なので、連絡が遅れたり、何か失礼してしまっていたら申し訳ありません、ご容赦…
そんな中。
ビザの更新ができました!
これでまた一年いられますー。いえいいえい
あー不法滞在にならなくって良かった
語学学校の人たちは大体語学ビザ。これはまあ楽なんでしょうけど、高い。いやなの。これはやっぱり最後の手段…
でもさー。
大変は大変だったけど、ビザの許可、結構あっさり出た方だとは思うのですが。それでもやっぱり大変でしたぁ。以下、覚書。
登録局について少し説明しますと。メインの受付があって。(それも何か所かある。)
少し話をして、呼び出し番号をもらって、ずらーっと並んである部屋のどこかに行くという仕組みです。部屋には担当官が2人前後。
まあ実際のシステムって全然わからないですけど。
何か、こちらが希望を述べて、その条件でもって、担当官が裁量でビザの内容決めてるような、そんな感じを受けました。
だからきちんと自分の主張を話せる事が大事なような。もし担当官が提示してきた条件のもので、それに不満があって、担当官が変更してくれそうになかったら途中で「もういい」と言って、席を立つという事も大事なんじゃないかな。私の意見ですけれども。
別の担当官なら、自分の条件、通してくれるかもしれないし。
あと、担当官にいわれてこの書類を用意したのに、次に行った時の別の担当官では全く必要なかったという話もよく聞きます。
私は言葉ができないので次に更新する時は、もっと話せるようになってたいな。
あと、私は今回たまたま1人でもうまく取る事が出来ましたが、だからそういうのがストレスな人とかは無理せず、こちらに話せる人などにお金を払ってついてきてもらうのも大事な事だと思います。
そういう人、きっと結構いると思いますし。
私は「誰か話せる人、ついてきてくれる人、いないの?」と毎回のように言われました。元々話せないのもありますが、緊張すると、本当~に、言葉、出てこないんですよね…専門用語多いし…
あと、こちらに滞在している人皆が口そろえて言うのが「担当官によって違う」と「とにかく通え」
の二つでした。
私は何だかんだ、かなり楽にすんだ方と思うのですが、確かにこれは痛感しました。
私自身の性格として、気弱なとこもすごく多くてネガティブなのですが、ここだけは!というところは根っこは頑として譲らない方なので。
むっとした時、納得いかなかった時、うまくいかなかった時。例えば、必要のないはずの書類を用意しろと言われたりした時とか。
なーんか釈然としないので、別の担当官に回してもらえるよう、また一から並び直したりしてましたけど。それでもう一度話したら、全然話が楽に片付いたりしてね。…でもこの位の事はたぶん皆やってると思うけどね…
だから日本の役所と同じように考えてたら、本当無理だなーって思いました。
因みにここに行くまでに、それなりに色々ありましたが。一番面白かったのが、私のパスポートを見たある担当官。
私はワーキングホリデーで来てたんですが。31歳になってなければ取れるんですね。それが、
担当者「あなた、今ワーキングホリデーで来てるけど、30歳はダメだよ!ドイツは有効じゃない。」
私「…いやいや、有効だから。」
担「何言ってんの、30歳は有効じゃないよ。」
私「いや、日本で大丈夫だったんです。それから私が31歳になったのは去年の11月ですから、ドイツに来た時はまだ30歳でした。」
担「だから30歳もダメだってば!日本で大丈夫でもドイツはダメ!(←そんな訳あるか)」(ここらへんで立ちあがってきた)
私「いやだから30歳は有効なの!」(負けじと立ちあがる)
担「有効じゃない!」
私「今!今、私がここに住んでるのは有効だからだろうがーーー」(パスポートごと机ぶったたく)
…とまあ、こんなやりとりをしていたせいでちょっとイラったりもしましたね…結局うやむやになって次の部屋に回された。
とりあえず、色々話聞いた挙句、まず最低限必要だと言われたのは、保険、パスポート、住民登録票、収入の証明、家の契約の証明など。
…ていうかこの位の事は、メイン受付の所に一覧したプリント置いといてくれればいいのに…と思うのは日本人だから?
保険は慌てて新規の安いやつに(笑)ネットで入りました。今まで入ってたのは少し高かったので…おすすめをお隣さんに色々教えてもらいました。感謝♪
ちなみにその時。保険に入って、書類をダウンロードしたその一時間後から、急にネット環境が不安定になりまた。いやー助かった…
収入の証明も、父が日本でドイツ大使館に取りに行ってくれました。これ、GW中だったそうなんですけど、ドイツ大使館は開いてるんですよー、外国だから(笑)。
その辺の書類をまとめて、外国人登録局に持ってきました。で、私のようにプライベートでレッスンのためにいる人間は、普通は上記の通常書類の他に、先生からの一筆が必要らしく。受験の準備とかの人もそうらしいです。
私の先生もそれを気にしていて、何て書けばいいんだ~、と私にちまちまメールしてきてたんです。
で、私はその日、登録局にその一筆の内容を何て書けばいいのか訊きに行ったのですが。
なまじ書類を用意していたせいか、何故かその日にビザがおりてしまったという…(笑)
住民登録票なんて、私、鞄から出しもしませんでしたよ…そもそもその住民登録票も、お隣さんがチェックしてくれたんですが、「僕のと違いますね…」
いや、大体は同じなんですが、私のめちゃくちゃペラペラで安っぽいんですよね…よくこれが公式な書類だな、という(笑)
ちなみに。担当官のチェックは、家の契約書を念入りに見られてました。家賃をつぶやかれました。やっぱお金の部分がチェックポイントなのかなー。
他にも口座にいくら必要らしいとか、色々聞いてたので、それができるように、銀行の口座開いた時の書類とか、最後の残高チェックの紙とか(こっちは通帳がないの。)色々持ってったんですが、必要なかった…
それにしても、ずっとビザの事で頭いっぱいで、不動産屋やら、銀行の人と少し話したり、そんな事が続いて。やっぱりこちらの事情に詳しくないのは精神的にもきますね…。
少しは慣れたつもりでも、まだまだわからない事たくさんです。銀行は通帳がないから、残高や取引をチェックするのにはプリントするだけ。それもどうやら、一度出したら二度はプリントしてもらえない。
だから、通帳のように、記録の一覧になってないから、そのプリントなくしたら終わり
でも私はこの事すら知らなかったんですよ。今までのプリント取っておけばよかったのに、知らなかったから、結構捨てちゃったんですよね~orz あ、もちろん最近のはあったんですけどね。
まあ言ってもはじまらないから、今後はプリントためておきますけれども。
また、家の契約書とかも、4月いっぱいまでだったんですよ。だから、担当官にこれじゃ無効だよ、とか言われたら嫌だから(そりゃ云うよね)、不動産屋に新規の契約書をもらえないか、と連絡したら。
自動的に更新されるから、そんな契約書とか、ないよーんというメールが来たorz
↑うーん、日本とは違うなあ、と痛感しつつ、このメールもプリントして持ってったんですが、全然必要なし。
念の為、更新されてる証拠として、五月分の家賃が引き落とされてる口座の記録も持ってったんですけどね。ま、必要ない分には良かった。
ていうか。そもそも4月は30日までなのに、4月31日までとか書いてある契約書って…日本では考えられないですぅ~(笑)
こんな感じだったので、もう語学学校もこの時期は完全に「さらば!ビザがとれるまで!」と言って休んでました。
皆に『がんばれ~』とか言われた(笑)
頭痛くて、自分で普段やってるドイツ語の勉強も何もできないんですよ。まあもう諦めて、「こーやってやりとりしてるのがドイツ語の勉強なの!」と言い聞かせたりして。
いやー…とりあえず、ビザ下りて良かったです
月末、ベルリンで後宮の誘拐を観ようとチケット取ってんですけどね。ビザが長引いたら無理かなーと思ってたんですよ。
準備の事まで考えられそうになかったし。でもこれで行けそうだな~。らっきぃ。
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ビザビザビザビザ…昔、ピザって10回言わせて、肘を指して「ここは?」という遊びがありましたね。
膝、と言いそうになるのをねらった遊びでしたな。(すごいどうでもいい)
そんな訳で、ビザに悩んでおります~。いや、まだとりあえず切羽詰まった何かではないんですけどね。外国人登録局いっても、欲しい書類もらえなかったしー。そもそもビザの種類も、こんなに色んな種類があるとは思わなかった…書類や調べただけではわからないですね。
それでも、うちのアパートは日本人の音楽家が多いので、色んな方から話を伺う事が出来たのですが。おかげで、大使館や、ネットで見つかる以上の情報を教えて頂く事が出来ました。感謝…
それでもまあ、何とかせにゃならんのですが。
そんな中、イースター休暇でしたね。休暇だとほら、外国人登録局のような役所は当然、問答無用で全部休みじゃないですか。スーパーに至るまで。
そうしたらもう、登録局もいけないし、普段のスーパーに行く事すらできない。何しよっかなーと思っていたら。あらどうした事でしょう。
登録局にたびたび行ってて、疲れてたんですね…何かが緩んだんでしょうか。ホッとした途端、休暇の間、一日の内、20時間寝たりという事してました…思ってたより、しんどかったのね、と気づいたり。
でも来月はいよいよ本格的にビザ月間だわ~。憂鬱orz
ところで。
詳細はまた未定なんですが、半年後、一時帰国する時、チャリティコンサートする事になりました。
親戚の貸しスタジオを借りての、内輪の小さなものです。人数もそんなに入らない、本当に小さな規模のものですが…
まだ詳細は未定ですが、チケットはなく、入場料という形で決まった金額を入れて頂けたらと、何となく考えています。それで、その入場料を今回の震災の義援金に回させていただきたいと思っています。
チケットがないのは、経費もできるだけ抑えたいので…入場の申し込み方法の類も、こちらでまた少しずつご連絡していくつもりです~。
日程だけは決まっています!9月25日と10月2日の、二回公演です~
二回なんて生意気ですけどね(笑)小規模な分、二回にしようかな、と。
あと、その分、せめて二回の内容は変えようと思ってます。曲目はもちろん、趣旨もね
1日目は、カジュアルに、クラシックになじみのない方でも楽しめるようなものを。
2日目は、がっつりマニアックにクラシックのみで
でもでも、1日目の方は、クラシックがお好きな方でも楽しめるようなものにするつもりです。クラシックの曲もある程度入れるつもりなので~。カジュアルなコンサートの時は、とにかくクラシックを楽しくお伝えできたら、とそれが私のポリシーで、今後私が大事にしていきたい音楽活動の一つだと思っています
2日目のクラシックの方も、見せ方など、少しは考えています。あまり一般的ではないけれど、やってみたい歌い方などがあるので…これは普段クラシックを聞き慣れている方には違いがわかって面白いかも。
こういう実験的な事は、内輪のものでなければ、トライできませんしね。
どちらも、色んな事を工夫して、とにかく楽しんで頂きたいです
あくまで私個人の考え方ですが、チャリティーコンサートといえど、コンサートと名のつく以上、エンターテイメント、娯楽はとにかく楽しくなくちゃ~!と思うので。内容はチャリティーコンサート的なものとは遠いかもしれませんが…でも、その分楽しんで頂けるよう、しっかり用意します。
また、もし、二回ともいらして下さった方には、どちらも別の方向から楽しんで頂けるようにするつもりです。
行ってみたいぞ!と思われる方は、手帳に書いておいてくださいね
それではまた、色々きまってきたら、少しずつご報告していきます~。
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エージェントのオーディションの話、続きですー。
vorsingenはじまると、審査員は女性二人。
「一曲目は好きなの歌って良いわよ」
と言われたので、ラブなツェルビネッタ。 ロンドの前からね。
そしたら2曲目は、
『これは当たらないだろう…』
と勝手に思ってたデスピーナが、見事大当たりのビンゴ
キャー 一番練習してなかったのに(笑)
でも、どちらの曲も、普通にはいけたでしょう。 必ずしも十分な練習量ではなかったのですがね。
デスピーナはとても興味のある役柄で。
その時によって違うとは思いますが、常に「いま、好きにやっていいよと言われたら、こういう風に演技してみたい」という気持ちがあります。
そのやりたい音楽は、練習こそあまり出来ていなかったけれど、出せたかなと思うので。
私の歌手としての唯一の自慢は、本番に強い事。これだけはひそかな自慢です。でも大事な事だと思ってる。これは、師匠のO島先生に教えて頂いた部分がすごくあるかなー。
そして、発声的にはツェルビネッタで上手くいかなかった部分もあったのですが、審査員はその問題点をデスピーナで確認したかったらしく。
デスピーナの時にはそこが上手くいっていて、ツェルビネッタもそういう風に歌うように、とダメ出し頂きました。正直、デスピーナで少し評価を取り戻させていただいた感じがありましたね。デスピーナは大丈夫、問題なし、と言われたので。
ちょっとうれしい
結局私は、何かあった時、必ずモーツァルトにいつも救われてるなあ…と、ふと思ったりして。
本当にモーツァルトは大事だなあ…
審査員ふたりは歌ってる最中、話したりしてたが、ムダ口ではなく、私の事について話してくれてんだな、っという感じでした。
そして、色々ダメ出しくれた後、
「11月にもう一度来れるかしら?」
と言われて、あ、もちろん、と返事したら、
「その時に、後宮の誘拐のブロンデと、ホフマン物語のオランピアをもってきて。」
と言われました。
あとは、歌わなかったやつの中から数曲選んで、それも持ってきてねと言われました。
それにしても、いきなりブロンデとオランピアの2役限定だったのでちょっとびっくり。
オランピアは今日歌う、準備曲の中にあったけれど、ブロンデは何も書いてなかったんです。
て事は、この2つは何となくセットなのかしら。 確かに何かこの二役って、やる人、かぶってる場合多いよね。 エージェントのレパートリーのグループ分けの中に、この二役がセットであるのかなー。
というわけで、言われたから楽譜読んでおかなくては。オランピアはもう少しきちんと練習してこよう。
そしてダメ出しはプロフィール写真にも及びます。
日本人の写真はダメだしされやすいというのを聞いていたので、内心びびっていたのですが、かなりお気に召していただけたご様子。
しかし聞く所によると、海外では日本よりもプロフ写真が大事らしいと。そうなの?
日本は何だかんだ、きれいに写ってるといいなーとかそんな事しか思わないけど、海外では、音楽歴に匹敵する程のアピールポイントだという話もききましたが、どうなんでしょ?
実際審査員さん、写真にもがっつり食いついて、 髪の長さもこういうのが良い、黒いのが素敵、この衣装の色が良いわ!歌う時はこういう長くした方が良いかも、などなど。 やっぱり黒髪長いのが良いわ!とか。
プロフィール写真は文句なしだったようです(笑)
あ、HPのトップに飾ってあるやつです。実物知ってるとわかると思うんですけど、すごい良く撮れてんですよね、これ…
審査員さんたちも、嫌な感じではなくずーっと褒めてくれていて。
「この写真すっごい良いわ!美人~」
「日本!?日本で撮ったの!?とっても素敵よおぉ~」
キャッキャと盛り上がりました
安堵…で思わず、
「あぁ、このカメラマン、すっごい良い腕だったんですよぉ」
室内、爆笑の渦。
ドイツ語で笑いが取れると超快感です(笑) そんな事、ほとんどないけどねー。
それにしても、カメラマンさん、良い仕事しすぎです…
で。
エージェント登録はしてもらえるのかわからないんですけど。まあどんな結果だとしても、11月のが終わってからかな。
でも登録してもらえないにしても、役柄限定して、もう一度聴きたいって言ってもらえたわけだから、少しは喜んでも良い…のかな。
ま、公的なエージェント登録なんて、全然アレですけどね。でもとりあえず、一番最初という事で。
緊張しすぎてて、終わった直後は元気だったのに、数日してから、どーっと疲れが来ましたね…
そして今はビザに奔走しておりますよ~(笑)
色々相談したいんだけど、先生がザルツブルグにいってるからみわきち困っちゃうん…
先生!早くカムバック!
そんなわけでバタバタとしているの。
そして今週はイースターだよ~。
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今週、エージェント登録のvorsingen(オーディション)だったので、準備に追われて、更新、間があいてしまいました~。ごめんなさい。
それにしても、エージェントのオーディションなんて、慣れてる方や勉強してる方にとっては当たり前の事なんでしょうが、私にとっては何もかも新鮮。そして緊張で、もうもう…
若いうちから海外でやってる方ってすごいなあ、と思います。今までの本番の中でも最強に怖くて緊張しましたよぅ。前日は二時間しか寝られなかったよん。 その前はほとんど丸二日眠れなかったしね。
まー本番になっちゃえば、ソプラノ気質と言いますか。体調が多少悪かろうが睡眠不足だろうが、結構大丈夫なタイプなんですが。
それまでが キャー キャー とナーバスになるタイプなんです…周り迷惑。情けないですけどねえ~、でも見栄張っても仕方ないし。日本のオーディションも、最初に受けた時のことはすっごい緊張して、よーく覚えてます!あとはもう、ほいほいと受けてたので、何かぐちゃぐちゃですれども…(笑)
そんだけ怖かったんですもの、むしろ、せっかくですから、覚書みたいな感じで、日記に詳しく書いてこうかと思います。
初めてのオーディションなんて、もう二度とないからね(笑)
まあ付き合ってやろうと思う方は、ヘタレっぷりを楽しんで頂けると幸いです。
今回私が受けたのは、まあいわばドイツの都市ごとの、歌い手の事務所ですね。
つまり今回はミュンヘンのオペラ歌手登録事務所のオーディションってわけ。
で、ここは公的な機関。問い合わせしてもレスポンスなしという事務所やオーディションも多数ある中、公的な分、「必ず聴いてもらえる」という、大変にありがたいもの。
…と、こちらでお世話になってる方が言ってました。だからとりあえず最初に受けるのならここが良いんじゃない?と。
私、偉そうに書いてますけど、全部人からの受け売りですからね?
で。その事務所は名前はZAV(ZBFともいうらしい…?)と言って、いくつかの都市にあるみたいですね。ミュンヘンあるので助かります。あとはシュトゥットガルドとかベルリンとか…
これページ。
ZAV。クリックしてね。
ここの下に都市が書いてあるから、希望の都市クリックして、オペラんとこにvorsingen希望の問い合わせメールすれば返信が来るってわけです。
結構すぐレスポンス来ました。
「本来なら10月まで予約がいっぱいなんだけれど、十日後にキャンセルが出たから、そこなら大丈夫」と言われたので、あわててそこに予約を入れて、急いで準備準備。
持ってくる書類で用意しろと言われたのは写真付き履歴書、レパートリーのリスト。
※この場合のレパートリーというのは、オペラのエージェントなので、歌えるアリアというより、アリア部分以外も含んだ、全幕できるオペラの役の事です。だからどうしても自分が一度やった役になりますね。あとは勉強している役といったとこですか。
私の場合はモーツァルトの四大オペラの娘役と、ルチア、ボエームのムゼッタ、そして勉強中のツェルビネッタという事になります。
履歴書は自分でワード使って適当に作りました。 で、プロフィール写真をペタリと貼って。
隣の日本人の歌い手さんに、履歴書ってこんなんでいいでしょうかね?と見せてみたら、履歴書部分と、レパートリー部分をくっつけて、一枚にまとめた方が良いんじゃないかとアドバイス。
そして一番気になる、vorsingenで歌う曲の事。
「準備曲目は、母国語がドイツじゃない人は、ドイツ語二曲を含むオペラ(オペレッタ可)のアリア5、6曲。」
と、事務所からのメールにあったんですが。
…この時点でツッコミたいんですけど。
なんで準備曲目が「5、6曲」なの!5曲か6曲かはっきりしてよ、ねえちょっと!!
…仕方がないのでとりあえず6曲用意しました。あぁん小市民…orz
しかし当日記入する書類にあった、準備曲目の欄は五つまでだった…だったら五曲でいいじゃん!!
結局用意したのは、
☆ツェルビネッタ
☆パミーナ
☆ルチア狂乱
☆フィガロの結婚・ウィーン再演版 スザンナ四幕「あなたを愛するこの胸に」
☆コシ・ファン・トゥッテ デスピーナ「女も15になれば」
☆ホフマン物語 オランピア「人形の歌」
ということに。
それにしても、やはり五曲用意すると、それなりに色々考える訳でしてね。
日本でお世話になってました、オペラサロン・トナカイなどでも、時間の配分が微妙で、曲数が前もって決まらない事があったんですよ。そういう時の予備曲をどうするか、ということがたびたびありましてね。その時、自分の中で学んだ教えが、
「困った時には、とりあえずモーツァルトを入れておけ!」
…という事なんですけど。これが本当に、役に立ちました…ドイツ語がもっと必要になっても、モーツァルトなら対応できるしね。コンスタンツェや劇場支配人がある。イタリア語のものはたくさんあるしね。
たとえば、こうもりのアデーレとかを入れたとしても、オペレッタになるから、ドイツ語が母国語の人には太刀打ちしにくいし…
だから、モーツァルトには本当救われます。今更ながら、おととしのリサイタルに思いをはせたりしてました。いやいや。
で、当日。事務所はKarlsplatzとMarienplatzの中間くらい。ルードヴィヒ二世が眠っている教会(名前忘れちゃった)の前あたりでした。人通りの多い所で、こんなとこに事務所あるんかい、て感じでした。
いってみたらば、知り合いのメゾ、田村さん(お世話になりました…m(_ _)m)に聞いていた通り、アットホームな感じ。 おしゃれワンピを着てきましたが、それで充分。
行ったらまずプリントがあってそれに色々必要事項を記入。記入内容は履歴書と大差ないです。
予約がいっぱいと聞いたとおり、着いたらすでに数人が待っていました。1時間で4人前後をさばいてる感じ。必ず1曲はうたわせてもらってました。2曲歌ってるのが普通みたい。あ、ピアニストは用意されてます。だから本当にお金かかんなくて最高…
あ、おかしかったのが、トイレに行ったら
「ここで声を出さないで!歌わないでください!」
と貼ってあって。
手を洗う所にまた、
「シーッッ!歌わないで!」
と貼ってある。
ここまで色んな所に貼ってあったらなあ…気付きませんでしたぁ~、とか言って、歌うわけにはいかんなあ(笑)
…長くなりましたので、vorsingen始まってからの話は次に続く~
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ドイツは一気に春でした。
数年前、初めてこちらに一度きたとき、寒い冬から、突然春になったという感じを初めて体験して。
WolfのErist’sという歌曲の内容が少しだけ理解できた気がしました。
Wolfは精神的に不安定な人で、それ故の独特の和声が魅力ですが、Er ist’sは、そんな彼の歌曲の中では珍しい位直球で嬉しくなる、春の喜びを書いた、わくわくするような曲ですごく好きです。
「もう春だねえ…うらうらするねえ…」
ではなく。
「春だー!ヒャッホー!イエー!ビールアイス! ビール! イエー!春だー!」
…ぐらいなテンションの上がり方があります。
突然春になる、て感じで、ほんとにうれしくてたまらない。ドイツの春、大好き。
そんな春の日曜日。昨日は、普段はガラガラな洗濯機も争奪戦。皆もう、順番待ち状態。
洗濯物干したくなるいいお天気だものね。
※こちらは住居の地下にランドリーがついてるタイプが多い。うちもそうです。洗濯機と乾燥機が一台ずつ。一台だけですが、普段、混みあってて困るという事はないです。
私もベランダでクッション干したり、布団干したり。
ベランダにはリスがよく来るので、リスの餌用に、植木鉢に種を入れているのですが、それも全部あけて掃除してたら、ヒマワリの芽が出てた。
…春だね。
そんな春の日曜日。サイコーです。
最初は、ほとんどのお店がお休みになるこちらの日曜日についていけない部分もあったんですが、最近はやっと楽しめるようになった気がします。
お休みして、楽しむ日なんだね。スーパー開いてるのも良いけれど、あいてなければ、身の回りの事をしたり、散歩する位しかないものね。
美術館や観光スポットは開いてたりします。だから日曜は楽しむ日、お休みする日なんだな、と思えるようになってきた。
で、今日は、練習はお休み。なので、洗濯がひと段落した後、(良い天気だったので調子こいて大物を洗っていた。)近くの公園に散歩にいってたんです。
本当にあったかくていい天気だったので、木に登って日向ぼっこしてたんですが。ふと気付いたら、子供たちが順番待ちしていた。
…あー、羨ましくなるよね、人がやってるの見ると…あ、そんな高い枝じゃありませんよ。危なくないです。そんな運動神経ありませんから。
子供に「はやくぅ~」
と言われて、
「あとちょっとー」
という31歳。ふふふ…いえ、すぐ譲りましたよ、大人ですから(笑)
そして帰宅後、何となくテレビつけたら子供向け番組のグリム童話をやっていて。童話好きの私は、気づいたらガン見。
やってたのは、「金の毛が三本ある悪魔」
結構有名な話です。わりと込み入った話で、結構手に汗握る。私の好きなグリム童話ランキング上位です。
思わず口開けて見入ってしまった。リンクはろうと思ったんですけど、wikiになかったわ…
こちらのメルヘン番組、子供向けと言っても、実写できちんと作っているので見応えあります。時々、中身にアレンジ加わってますけど、基本は変わってないし。特にこの話は、主人公のハンスが恐れながらも、悪魔の所(地獄)にいくという怖~い場面があるので、映像になるとかなり面白かった。
色んな昔話が好きだけど、やっぱり日本の昔話と、グリム童話は好きだなー。あとハンガリーの昔話、大して詳しくないけど、好きです。ラドカーン、かっこいいよね。ちなみにアンデルセン童話は苦手で、イソップ童話が好きでした。
そのうち、時間のある時にメルヘン街道とか行きたいものです。ブレーメンの音楽隊は、そんなに好きな話ではないんだけれどね。別に嫌いでもないけど。ハーメルンの笛吹きも、普通。好きでもなく嫌いでもなく。
友達と国内旅行行った事で、都市によって雰囲気が全然違う事にびっくりしました。だからこそメルヘン街道、行ってみたいな。せっかく近いんだし。
あと、行ってみたいのはブロッケン山!
何もないと思うけど、行きたいの(笑)
ブロッケンには魔女が来るんですよ~ホークスポークス、うふふふふ。
ブロッケン山についてはこちらをクリック。
ブロッケン現象とか有名ですよね。簡単にいうと、虹みたいのが人の周りにできて、すごーく大きな影が見えて、妖怪みたいに見えちゃうっっていう自然現象。(簡単すぎ…)
くわしい説明はこちらをクリック。
私はこれを、手塚治虫の『ブッダ』で知った。←私の知識の8割は漫画…
ちなみに余談ですが、好きなグリム童話は、
忠臣ヨハネス
死神の名付け親
これ、落語でもなかった?
6人組、世界をかける(これリンクなかった…好きなのにぃ)
(Sechse kommen durch die ganze Welt)
これはロシアの昔話『空を飛ぶふね』ともよく似てる。
…あ、また国内旅行の話書き忘れた(笑)
でも、書くからね!
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昨日は四月一日でしたね。
エイプリルフールですね。
皆さん、嘘、つきましたか?
昨日ね、グルベローヴァのサイン会があったんですよ。
…四月一日ですが。
ええ、単なる四月一日ですとも!
四月一日、四月一日…

グルベローヴァ キタ――――――――(゜∀゜)
本当です。(笑)
たまたま四月一日だったんですけどねー。四月一日にグルベローヴァのサイン会があったんすよ。ちょいと大きめなデパートで、でも大して宣伝してなくて。エイプリルフールに、嘘のような本当の話。
私はバイエルンの歌劇場のTwitterで知ったのよ。
サイン会だけど、写真も一緒に撮ってくれたよ。
思ってたより本物はずっと可愛い感じの人でした。 彼女が会場にやってきた途端に、「かわい~!」という歓声が聞こえたのにも激しく同意。
サイン会自体は、五時から始まるので、四時過ぎくらいに行ったら、まだ2人くらいしか待ってる人、いない(笑)
なので、しばらく他の店を冷やかして、改めて四時半位に行った。それで五番目くらいだったなあ。まあその頃から、何だかんだで人、増えてきましたけれど。
サインしてもらうものに、CDやDVD、ブロマイドを用意してる人が多い中、楽譜持参の私は浮いていた。
しかもグルベローヴァが出てきた途端、どうした事でしょう。涙が…
どーもドイツ来てから涙腺弱くなってる(笑)
周りはおじさまおばさまがほとんどだったので、
「あらあらあのアジア人泣いてるわ うふふふふふ」という雰囲気ではあったのですが。
泣いてるっていうより、アワワワワあうあうあう、みたいな泣き方だったので全然美しくないww鼻水とか出てたし。つーかガン泣き過ぎww
だってさ、やっぱツェルビネッタが好きな人間から見たら、ツェルビネッタはやっぱりグルベローヴァで。
そりゃー他の歌手もいるけどさ。例えばデッセーも素敵だけど、やっぱデッセーも本領はフランスものだしさ。
グルベローヴァはやっぱドイツ物だし。ルチアも聴いて泣いたりしたけど、でもでもやっぱりやっぱり、『後宮からの誘拐』のコンスタンツェと、ツェルビネッタは、もうもう最高だし。
…自分でも何言ってるのか、よくわからないです(笑)
ま、とにかくツェルビネッタとコンスタンツェはグルベローヴァが一番好きなんですよ私は。
と、いうわけで。
『ナクソス島のアリアドネ』のスコアにサインいただきました。
そしてサインは、これ。

えへへへへへへへ……
写真やCDの解説を渡す人がほとんどの中、楽譜を差し出したのはは私が初めてだったので。少し気に留まったらしく。
「あら!ツェルビネッタ!?…あなた歌うのね?」
と言われて。思わず、
「来週(本当は十日後…)オーディションで、ツェルビネッタ歌うの…」
と言ったら、サインにToi toi toiって書いてくれた。 (本番がうまくいくように、とのおまじないです。)
うれてぃい…
まーオーディション言っても役決めとかじゃなくて、エージェントのやつですけど。 それでも初めてなので緊張のあまり腰が抜けそうになっていて、全力でヘタレております。
でもサインもらったし、ツェルビネッタ歌うの。がんばるー。 …問題は他の曲だあ…アリアあと五曲……何にしようかなー。
でねでね。サインなんですけど。これの3行目、なんて書いてあんのかしら…
Viel Glueck! (幸運を!)
Toi toi toi ! (おまじないの言葉です。)
この次ですよ。
その後は、名前よね。
わかんなくて、帰り道、電車の中で居合わせたドイツ人達(無関係の三人)に、
「これ、なんて書いてあるんでしょう?」
てきいたら、
「…わかんない…」
笑
三人のうち、一人が、
「Herzlich(心をこめて)ではないか?」
と言ってきましたが。その割には、サインの方がそれより文字数が多いと思う、という他のドイツ人の意見も見逃せません。
で、あとで詳しい人にお話伺った所、
「Herzlichst! (最上級の形ね)
Dein(e) G(r)uberov(a)=Deine Gruberova」
ではないかとのご意見が。
心をこめて、あなたのグルベローヴァ、だそうです。
Deinは、vornameのEdita かな?とも思ったけど、どちらにしてもハッピーな内容。
多分そんな感じっぽい!
でも、ドイツ人にもなかなかわからないって、どんだけー(笑)
ちなみに、そのドイツ人さんたちに、「誕生日だったの?」ときかれたので、「ううん!今日憧れのオペラスターのサイン会で、サインもらったの―!」
と、訊かれてもいない事をべらべらと答えました(笑)
実は昨日、興奮のあまり頭が痛く、疲れてるのにハイになってて、なかなか眠れませんでした。
今日のこの日記、文章とか言葉、あんまりまとまってないけどご容赦ください…あまり絵文字を使う余裕もなく…まだ興奮が…(´д`)
そして今日、バイエルン歌劇場でそのグルベローヴァのルクレツィア・ボルジアやるんです。観に行くんだ~。立ち見ですけどね~。立ち見だってなんのその。
…そういや国内旅行の話が放置されている…
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友人との国内旅行記、さくさくと
友人Kちゃんは大学からの仲良しです。一時帰国以来会ってなかったから、超楽しみにしてました。今回は普通の観光旅行さー。
今回の予定は、ポツダム→ベルリン→ドレスデン→ミュンヘンです。
そんなわけでミュンヘンからまずはポツダムに行きました。と言っても、まず手始めにベルリンに入らないといかんので、朝早く起きて、ミュンヘン空港からエアーベルリンで飛びました。飛行機だとすぐです。
エアーベルリン、いわゆる格安航空会社なのですが、格安系では大手で、TVのCMでそりゃもうよく見るんですよね。不思議なもので、CMで見ると、何か安心な気がしてしまう。何故…?
ベルリンにも無事に到着しまして、そこからは普通の電車で40分くらいかな。ポツダムに到着です。
おういえ~。ポツダム~はうぷとばんほふ。

※ドイツは都市ごとに中央駅(ハウプトバンホフ)というのがあります。ミュンヘンの中央駅、ベルリンの中央駅、というように。
で、写真はポツダムの中央駅という訳です。
そこから、まずはツェツィリエーンホフ宮殿内にあるホテルにいきました。そしたらそこが、すっごい雰囲気ある部屋で
Kちゃんと2人で、『女2人ーっ!!それでこの部屋ーっ!!本当に意味ない~っっ!!』
と、絶叫しながらキャッキャ喜んでました…一抹のむなしさも感じながら。
2人の心の声は同じだったと思います。→「…ちっ、こういうとこには男と泊まりたいもんだぜ…」
更にせっかくだから、自虐的に女2人でベッドに座って、はいチーズ。

Kちゃんは余裕の笑顔……そういや昔からお洒落な彼女だった。色っぽいし…あぁ、自虐的なのは私だけか…orz
私、ドイツでは完全にすっぴんのクセがついてます・・・でもこれ、ヨーロッパにいるアジア人の人はわかってくれると思う…
ちなみに私はピースしかかって、ブレてます(笑)
さて。
ツェツィリエーンホフは、ポツダム会議が行われた場所。しかし、そんな会議が行われた割に、びっくりする位、平和なのほほんとした場所です。
ていうか、よくこんなとこでそんなマジな会議、ガチでできるよね!?といった雰囲気。
だってほら。

反対側なんて、湖なんですよ。本当にほのぼのとしている…
…なんかさ、BBCのホームズ(ジェレミー・ブレッドのやつね。声はもちろん露口茂で)とか観てると、こういう場所で、向こう側から女の人がドレス翻して走ってきてさ。
「きゃー!誰かー!!誰か来て~!」
・・・とか何とか叫んでくるの。それが事件の発端になったりするよね。そういう時ってかえって周りはほのぼのした雰囲気なんだよね。
で、この庭でKちゃんと2人、外のベンチに座って、「あ、スズメ…」とかやったりしてました。そういうのほほんとした雰囲気が、実によく似合う場所。
ここで、ポツダム会議かあ…行ってみないとどんな所かわからんねえ…なんで、よりによって、ここで…
会議が行われたという場所を見て回ったりして、それからサンスーシ宮殿に向かったとですよ。
サンスーシ宮殿。

「憂いのない」という意味らしい、サンスーシ宮殿。中も王さまの離宮らしく、とにかく綺麗のひと言。写真を羅列しても、私の腕ではあんま面白くないと思うので、敢えて省きますが。ネットでも見れるしね。
でも、この宮殿内にあった、私の一番のお気に入りは、その近くにあった東屋。
何かいいなー、こういうの。

オペラで逢引場面に使われるような東屋って、こういう所かな?
少し外から見えすぎだけれども…
そんな中、
「 あっ!!みわちゃん、見て見て! あれすっごい素敵 !!」
Kちゃんのただならぬ声に、どんな素敵な建物だろう、と振り返ると、

…うむ、確かに、素敵だ。つーか、かっこいい。
女は男の制服姿に弱いと、何かに書いてあったけれど。勿論私たち二人も例外ではないのだった。
いやんかっこいい ←ていうか写真撮ってんなよ…
…でもこの人達、何の制服なんだろう…
唐突ですが、長くなったので、続きます。
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長くなりましたが、最後に。今回の日記で、これ以降は、もうあまり震災の話には触れないと思います。もちろん、必要を感じたら触れる事もあると思いますが。
でも忘れていません。忘れられるわけがありません。
敢えて、今までのようなブログに戻ると思います。不謹慎と思われる方もいらっしゃるかも知れません。
しばらくはそういった、オペラを観たり、などといった普通の日記を書いたりする事を自粛した方が良いのかとも思いました。でも、書くのを自粛しても、自分がドイツで遊んだり、オペラを観に行ってるんだったら、それは何の意味がないと思ったんです。
これはあくまで、私自身の行動の意見です。
でも自粛と言っても、いつまで自粛すればいいのか私にはわかりません。
自粛するなら、おそらく復興が完全にできるまで。
でも復興と言っても、ひとくくりにはできない。被災地に暮らす人が親戚にいる友人から話を聞きました。親戚たちは、
「ここを捨てるしかない」
と言ってるそうです。
私は又聞きなので、くわしくは延べませんが。その位の惨状だと。そして報道されない部分に、いろんな事情があるという事もくわしく聞きました。だからこそ復興はそう容易ではないという事も。
そこをまた取り戻すために復興だ、頑張れ、と言い続けるのも酷な事なのかという事に気づかせてもらいました。
その人たちの人生をただ、復興のみに使えというのかと。
でも、それでも、やはりそこに住みたいと思う人もいるでしょう。一生かけても、それでもそこで生きたいと思う人も。
正解なんてないと思いました。
復興するまで自粛、なんて言えませんでした。(あくまで、私自身の意見です。)
ですから自粛するなら、そんな彼らの気持ちが全部癒えるまで、ではないのかと思ったんです。
そして、被災された方はもちろん、おびえている東京の家族や友人知人が地震の事をすっかり忘れ去る事が出来るまで。自粛するなら、私はその時期まで自粛すべきだと思いました。(しつこいですが、あくまで私自身の意見です。)
でもそれは、無理です。一生自粛し続ける…無理です。
じゃあせめて、買うつもりだったオペラのチケットや、旅行のお金も寄付しようかと思いましたが、じゃあどれを寄付すればいいのか、となった時、線引きができなかった。
この公演のチケット代は寄付して、この公演は観るの?
それだったらそもそもこの、海外暮らしの費用だって寄付すべきじゃない?
でも、どうやって、寄付すべきお金の線引きをするの?そんなの、どうやって決めていいのか分かりませんでした。
まだまだ迷いはあります。
スーパーに行ったら食べ物がいっぱいに並んでいます。でもじゃあ、私たちがスーパーのその食べ物を食べなければ、正しいのか。輸送もできないのに。
夕方、電気を消してみて過ごしてみた事もありました。節電したらどうなるんだろうと思って…
でも元々炊飯器は使わないし、冷凍庫は元々大して機能してなかったので、あんまり普段と変わらなかったです(苦笑)
でもそうやって節電し続けても、ドイツの電力が送れるわけではない。
ドイツの過熱していく原発報道。他にも問題は山積みなのに。それなら、今回の問題は、原発が片付いたら終わりじゃない。
でもどうしてもテレビをつけてしまって、ニュースを見てしまう。
救助隊もすぐに帰ってしまった。
優しいドイツの人たちも知っているのに、こんな一面にも気づいてしまうのも辛い。
そんな事をしているうち、無意味な事はやめようと思いました。
もちろん、自粛すべき選択を取った方はそれで構わないと思います。それがその人の選択なのですから。
でも私は自粛という選択を取りたくありません。何故ならそれは、一生自粛し続ける事なんです。私の中のラインでは。
それが無理なら、もう、自粛をしないで動くという選択肢だけです。動くと言っても、大した事は何もできません。
私の役目はいつも通りに過ごす事。今までと変わらず、ご飯を食べ、寝て、オペラを見て、歌います。
明日から、友人と旅行の予定があります。
もう友人に会いたくてたまりません。
今まで当たり前のように会えていた人たちと会えるという事が、どれだけ幸せな事だったか。
友人の笑顔が見たい。それが私の喜びです。彼女が生きていてくれてよかった。生きていてくれて、楽しそうに笑って、おしゃべりして、ご飯を食べてほしい。
それ以上に望むことなんてありません。
大事な人にいつでも会える。
普通の昨日の次に、普通の今日がある。
今回の震災で、そんな事が当たり前じゃなくなった時。今までの生活がいかに恵まれていたか、気付きましたが。
でもやっぱり、それでも、その事が「当たり前」であってほしいんですよ。
だから当たり前の事として、普通に友達とも遊び、買い物し、ご飯を食べ、寝て、オペラを見ます。
次からは、そういう日記を書こうと思います。 ごく普通の日記です。
それは「当り前」でなくてはいけない事だと思うので。 そういう生活に戻すんだ、という気持ちもこめて。
本当を言うと、歌はまだ歌えません。 歌うと必ず泣いちゃってね。 宗教曲なんて絶対無理です。
でも、戻さなくてはいけない。当たり前にしなくてはいけない。地震が奪った当たり前の幸せを、返してほしい。
被害から一番遠いところにいるであろう私がそう思ってしまうのです。日本に、増して被災地にいた方たちはどんな思いなのか。想像する事すら出来ません。
日本という国を、元通りにしたい。それには、本当に小さくても、でも、やれる事からやらなくてはいけないと思いました。
本当は家族親戚、他の友達にだって会いたい。許されるなら飛んで帰りたい。
でも、それは自分が愛する人たちの顔を見て、そして故国に帰って安心したいだけ、という気がするのです。今私がするべき事は、そうじゃないと思うのです。
しっかり発言する事、前を向いて進む事。相手の目を見る事。
地震におびえたくない。負けたくない。
甘い事を言うな、そんな生易しい状況じゃない、という声が聞こえてくるようです。
確かにその通りだと思います。
でも地震の恐ろしさはドイツからではわかりません。だからこそ、その恐怖を味わう事がなかった人間が、今、とても立てない状況の人の代わりに、しっかりと自分の足で立たなくてはいけないんだ、と、私はそう思います。
怖くなかった分、恐怖や辛さで足が震える事はないんです。
立って、歩き出すべきは、被害を受けていない自分だと思いました。
オペラも見ます。お茶も飲みます。ご飯も食べます。
私は普通に暮らします。
当たり前の生活をするんです!普通に生きるんです!
これが当たり前の生活だと胸を張って言うんです!!
だからこそ、当たり前じゃない避難所の生活、避難できても寒くて亡くなってしまう方、他にも家に居ても辛い環境の方…
私には到底分らない、考えられないようなという生活。それを、当たり前の生活に一刻も早く改善すべきだ、と、私のように普通の生活をしている人間が、誰よりも声高に叫ばなければいけない気がするんです。
普通の生活をしていることに、罪悪感を感じる方がたくさんいらっしゃると思います。でも、それがおかしいんです。
あの日までは、誰しも普通の事だったのに。
私も、食事するたび、布団に入るたび、罪悪感は変わらずですが。罪悪感を生み出したのは何?いま、苦しんでいる人たちを生み出したのは何?
悲しさと怒りと、責める矛先を間違えてはいけない。
そして、責めても何も生まれない。
なら、動くべきだと思いました。
気分を害された方は申し訳ありません。
けれど、私なりに悩んで考えた結論です。言わずに、こちらでの生活を曖昧模糊とした日記でごまかして、旅行した事、自分がオペラを見ていること、それを悪い事のように隠し続けて、うやむやにしたくない。
それで私のブログを見るのに不快感を覚えて、私自身と疎遠になる方もいるかもしれません。でも、それが私という人間です。私は自粛しません。生活をして、歌の勉強をし、そして遊びます。
これが人間の生活のはずです。後ろめたい事ではありません。だって、地震がなければ別に後ろめたい事ではなかったのですから。
当たり前の日本を取り戻しましょう。
ご飯を食べて、寝て、オペラを見れて。遊べる事が普通の世の中にするべきなんです。後ろめたく思うような事ではないはずなんです。十日前まではそうだったのに。
だから私は、ご飯食べて、寝て、オペラを見て、旅行もします。
そんな当たり前の日が、後ろめたくない日が少しでも早く来る事を祈って。
私信になりますが。
両親へ。ドイツで勉強させてくれてありがとう。今はこうしてただ練習するしかできないけど、それでも応援してくれてありがとう。
この国で音楽家としてできる事は全然ないけれど、いつかどんな形でも必ず人の心に残るような歌い手になれるように努力します。
そんな当たり前に努力できる事が、どれだけ幸せな事なのか、やっと気付きました。本当にありがとう。
そして、おばあちゃん、お兄ちゃん、ジニちゃん…親戚や友達の皆。
私の歌を聴いて下さった方。このブログを見て下さっている方にも。
生きていてくれてありがとう。
本当に心から思います。
こんな当たり前の事がこれほどまでに幸せだなんて。こんな事が起きるまで気付かないなんて。
本当は、すごく日本に帰りたいです、たまらなく帰りたいです。
でも、今はドイツにて、普通に暮らします。それが私の役目です。
そして、ドイツのこんな記事も見つけました。個人の方がブログでドイツの週刊誌の記事を翻訳して下さったものです。
ドイツ『週刊経済』誌 編集長 Roland Tichy氏のメッセージ
(ブログ内の、最初のドイツ語見出しをクリックすると、元のドイツの記事に飛びます。)
ドイツの中には、ちゃんと報道してくれている人もいる。という事は、きっと情報の取捨選択している人もいるに違いないのです。
落ち着いたら、やっとそういう事にも気づけるようになりました。
三回続けて、重いブログになってしまってすみません。
次の日記からは、通常仕様に戻ります。能天気だと思う位ね。
明日から友達とドイツ国内旅行です!そんなわけで一週間ほど更新あきますよ~。
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長い日記ですが…失礼します。
日本、まだまだ落ち着きませんね…
なのに私の周りの人…家族や友人たちからは「日本の事は気にしないで、みわは歌の勉強に専念してね」と言われました。
でも
専念できるわけないですよ。
友人は近しい親戚が行方知れず。東北出身の友人も数人。
知り合いで福島在住の人もいる。「負けないぞーっ!」て言いながら。ずーっとドイツで何ができるか何ができるか…て考えて。
本当は自分が何か音楽活動でもって返せればいいんですけれどね。日本にいれば音楽でできる事もあったのかもしれないけど。 でも、今はできないし。 自分がそれなりに著名ならば、ネームバリューでもって出来る事もあるんでしょうけど…
歌の練習しても、ドイツ語の勉強してても意識の八割は日本の事。出るのはため息ばかり。
ドイツ語で会話してても、突然無意識に日本語になり、
「…何言ってんの?」
て相手に言われる始末。うおう意識飛んでたぜ、みたいな。
でも、いまもっとも大変なのは、被災地の人、そこで命がけの活動を行っている人、そして被災地じゃなくとも、それなりに混乱起きている地域の所。東京の人たちだって、私から見たらそれなりに被害受けてるよ・・・て思います。原発におびえ、余震に驚き、買い占め問題、停電…て。ドイツでは考えられない事です。
で、前の日記でも少し書きましたが。
地震直後。こちらの知り合いで、日本人である私の顔を見たとたん、抱きしめて慰めてもらったり、ドイツ人さんが励まそうとしてくれて、元気出してね、て、お花くれたりして。 ドイツの人の(ドイツ人以外も多かったです。)の優しさに触れて。すごく嬉しかった。
嬉しかったけど、でも、その気持ちが必要なのは私じゃあないんですよ。もっと必要な人が他にいる。
彼らにとっていちばん身近な日本人が私だったんですね。つまり、
日本=私
…という図式なわけですよ。
だから、私に優しくしたら、日本に対して何かしたような気持になるのではないのかと。いえ、非難しているわけじゃありません。その暖かい気持ちはうれしいんです。実際なぐさめられましたしね。
だったら、そのドイツの人たちの暖かい気持ちを、支援という形にして日本に届けられないかなーと思って考えてみました。
例えば、外国人さんからの笑顔の写真や、とか励ましのメッセージ…色々あると思います。それでパワーをもらえるのも事実。
…けどほら、そういうのってセンスとか気配りいるじゃないですか
あいにく私、男らしいとはよく言われるのですが女子力はそれなりにマイナス値…だからそういうセンスは難しいかなと思うわけで…orz
ドイツは節電もないんだから…と思い、ネットフル稼働で調べると。災害対策のプロ以外ができる、誰にとっても確実な支援は『金』。
おお、合理的。
だったら、やっぱり募金なら確実かなーって。結局普通な考えだけど、そこに落ち着きました。
でね。ドイツ赤十字とゆーのがあります。
あの『赤十字』@ドイツです。今そこで日本への義援金募ってんですよ。
これです。→ ここをクリック
リンク先のドイツ語はというと、
『いま日本は大変だから募金しよう!振込先はこの口座ね。オンラインでもできるよ』
…的な内容。(略しすぎ…)
そこで集められたお金は現地で救助活動を行っている日本赤十字にいくそうです。
募金する側も、お願いする側も、著名なところの方が不安がなかろう、と思い。とりあえず上記のドイツ赤十字のページをプリントして、毎日持ち歩いて、出かけたり買い物しに行ったりした時に、良さそうなお店屋さんを見つけたら、その紙を貼ってもらえないか頼む事にしました。
お店の人が貼ったらお客も見るし、お客が見なくても、少なくとも店員は毎日見るよな、て思ったんです。そしたら、店員さんだけでも、1ユーロだけでも寄付してくれるかもって思ったのでこういう形にしてみました。
私もしばらくこちらで過ごす以上は、ミュンヘンの中の色んなお店に行くでしょうし、また、他の都市にも行くでしょうしね。
また、観光名所での募金は既にしてる人もいるみたいだし、色んな方法があった方がいいかなと思って。
ただ募金と違って、確実に金額が集められるものではないし、この方法が良いのか未だに自信ないですが…
…しかもヘタレで、まだ本当に数軒しか回れてないんですけどね…すんませんごめんなさい…
で。プリント持って、「これ貼って~」
と、お店に頼んでみると、反応はそれぞれ。でも、貼ってくれる確率七割ってとこですかね。なかなかの高打率
ちなみに、地震直後に私を抱きしめて慰めてくれたタイ人のお店の人は、「喜んで貼るわ!」
て言いながらプリントを受け取ってくれ。私も振り込むわーといいながら、口座番号を書きとめてくれました。うれし~
もちろん断られる時もあります。その時に、Nee(強い否定)って言われる事もあります。
でもお店ってそれぞれですからね。お願いした人が権限のないバイトさんの場合もあるでしょうし。また、店内の雰囲気は営業形態にもかかわってくるから。あんまり気にしない事にし。
OKしてくれた中には、トルコ系のお店だったんですが。他の客ほったらかしで私の目の前でペタペタと貼りだしてくれ。しかも「もう一枚ある?」と言って、店内で一番目立つ柱の両側に貼ってくれました。
また、別のOKしてくれた店は、私が頼んだ時はお客が少なかったのですが、急に店内が混みだしたので、プリントを持ったままの店主があわててお客の対応に回り。お礼を言って去ろうとした私の背中に、
「明日、お店を開ける時に必ずドアに貼るからね!」(その時閉店間際だった)
とさけんでくれました。
(後日、見たらちゃんと貼ってくれてました)
また別の時。
もったりもったりと歩いていたら、広場出たのですが。 そこに赤いキャンドルが並んでて。キャンドル文字でJAPANて書いてありました。 日本人がやったのかしら、うれしーなー、と思いながら、プリントを取り出して、キャンドルの下(火はついてなかったので)に挟んだら、近くにいたドイツ人の男性が、日本人なの?と声かけてきました。
うんそう、と話し始めたら、彼がそのキャンドル文字を作ってくれたとのこと。
彼はもうドイツ赤十字への寄付はもうやってくれてるらしく。それでも私が勝手に置かせてもらったプリントは、もちろんそのままにさせてくれました。
私が、 「友達の家族が、まだ見つからないんだよね」
と言ったら
すっ、手を合わせて、すごく自然に祈ってくれました。
↑はい私、号泣フラグです。
しかもティッシュをたまたまもっておらず。マフラーで大量の涙と鼻水を拭くという大変な事に(笑)
ユニクロのマフラーでよかった…
けれど、一番貼りたかった銀行は無理でした…
プリントには口座番号が書いてあるから。気軽に振込しやすいかな、と思ったのですが。銀行に用事があった時に、ダメもとで頼んでみたんですよ。まーああいう場所は難しいですかねえ…
ただ、私がお願いした人が、貼るのは無理だけど、と言いながら私の前で口座番号を書きうつして。
「自分は振り込むし、同僚達にも伝えておくから」
と、言ってくれました。
本当はこの日記書こうかすごく迷いました。何か上手く言えないんですけど、ひけらかすような、といいますか、善意の自己満足になってないかな、という気がして…
でも私がドイツにいるからこそできる事って考えた時、ドイツ人の優しさを伝えられたらな、思ったんです。
ドイツの人も(ドイツ人以外も含めて)日本の事気にしてくれてるよって伝えたかったのでやっぱり書く事にしました。
日本では義援金の送り先は、いまあらゆる所に見かけると思いますが、はたしてドイツでは、その義援金の送り先を知ってる人がどれだけいるかな、と。今のところ、義援金の募金箱はあまりみかけません。
けれど、ドイツのテレビでも新聞でも連日トップニュースだったので、日本が大変な状況なのはドイツでも知られている。だから、お願いすれば、義援金に賛同してくれる人がいる。
そして、その義援金の送り先を皆に知らしめる事に賛同してくれる人達がいるよ、って。 それを日本の人に伝えたかったんです。だから敢えて書きました。
・・・本音を言いますとね。
本当は、ドイツの人たちに、きちんと今の日本の現状を説明して、何が問題なのかを伝えたうえで、募金をしてくれ、と自分の気持ちをきちんと言えたらいいんですけれどね。
そして今回の震災の問題は今だけではなく、一年後、五年後…と長い間続いていくでしょう。
そういう事まで伝えられて、ドイツ人たちに対して、初めて注意喚起と言え、その上で募金という行動に移してほしい。
そういう気持ちは、日本に一番必要な、今後何年にもわたる支援にもつながると思うのですが・・・
でもドイツのコミュニティにも属しておらず、語学力も不足している私には、お店にプリントを貼って、てお願いするだけの乱暴なやり方ですが、これが精一杯です・・・お恥ずかしい。
せめてもの罪滅ぼしではないですが、これからもじわじわとやっていきたいです。募金と違い、目の前で現金が動くわけではなく、ただプリントを貼るのをお願いするだけの事なので、今後取り立ててご報告はしないでしょう。
そしていま、日本で音楽活動を行ってる皆さま。予定されている公演が成功する事を願っています。
今は音楽でもって日本に貢献できない私ですが、いつか必ず、私も皆さんの仲間入りができるようになりたいです。
そのために、私はいまドイツで勉強しているんですから。
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皆さま、このブログをご覧になられているという事は、少しは落ち着かれたのでしょうか。
日本は大変でしたね。日本の地震はドイツでもトップニュースです。今現在、夜の11時なのですが、かれこれ二時間、ずっと日本のニュースやってます。
幸い私の家族、友人たちには今のところ身体に影響のある被害に遭った人はいないのですが、そのご家族、親戚、友人などになってくると、全然状況は変わってきますね。とにかく無事を祈るのみです。
なので私も、もうこちらのテレビにかじりつきです。ニュース見っぱなしです。
しかし、ドイツのマスメディアも大げさに歪曲するつもりもないのでしょうが。そして、私の語学力では大雑把にしかわからないというのもありますが。
テレビという媒体の性質上、震源地付近のインパクトのある映像をいくつも流すわけで。
そういうのばかり見てたら、日本全国、こういう状態なの!?と思ってしまってかなり不安だったのですが。私の実家&友人が多い東京は、幸い、そこまでの被害ではないようですね。
でも、何時間も歩いて帰ったり、帰宅難民になってる家族、親戚、友人がいる中、自分一人がドイツでのうのうとしてるのかと思うと、何とも言えない気持ちになります。しんどくなります。
でももっとしんどいのは言うまでもなく、日本の皆なんだから、しんどいと思う事すら筋違いのような。
さて、耐久レースのようにテレビを見続けていると、
『日本は140年ぶりの最悪の自然のカタストロフィー』 とか、字幕が出て。
やめてくれ、と叫びたくなります。
でもテレビを止めるなんてできないんですけどね。心配で気になって仕方がない。新しい情報や、東京の映像が映ったりするから。仮に情報がずっと前と変わらないままでも、テレビを消してしまって、何も分からなくなるのは一番嫌。
日本で地震があったのはこちら、ドイツの時間で早朝でした。
一大事、と思い、家族や友人たちとやりとりして。ようやっと少しだけ落ち着いて、ドイツの時間で夕方に出かけたところ、こちらはとても天気が良かったのです。
お散歩してる人がたくさんいました。謝肉祭の余韻がまだ残っていて、まだほんわかした雰囲気。そんな中、おじいちゃんとお孫さんが楽しそうに手をつないで歩いているのを見て、何とも言えない感情が湧いてきました。
もう叫びたいような、泣きたいような感情で。
悲しいのと、羨ましいのと、罪悪感と、不安と、焦燥感と…上手く言えないんですけれど。本当に味わった事にないような感情がこみあげてきて。
自分にとっての故郷ってこういう事なのか、と思い知らされました。
故郷に何かが、ある。あってほしくない。
そして、そこにいる大事な人たち。かけがえのない人たち。
ドイツに来てから知り合った人たちが時々話してくれました。
故郷から逃げ出した話。留まらざるを得なかった、故郷での政変。帰れない故郷、変わっていった故郷。
それは結果としてネガティブな事であったりポジティブな事であったり、色々でしたが。日本という国で平和な時代に生きてきた私には、その話はまるで小説や映画のように現実味がありませんでした。
そして、今日。
自分の母国の映像が、まるで特撮映画のワンシーンのように、ニュースで繰り返し流されているのを見ていると、これは悪い夢ではないだろうか、と思えてなりません。
そしてそんなテレビを見てから、外に出ると、うらうらとした春の光が迎えてくれます。
子供はパンをかじりながらきゃっきゃ言っているし。
私は何をしているんだろう?
と思います。こんなやわらかな暖かな中にいて。
しかしまた、家に帰ってテレビをつければまたあの映像が流れ、メルケル首相がコメントを述べています。
同じ時間が流れているとは思えない。
故郷を離れると言うのはこういう事なのか、と、ほんの少しですが思い知らされました。
以前、人から聞いた話ですが。
作曲家たちが、どんな気持ちで故郷の曲を書いたのか考えろ、という言葉をきいた事がありました。その欠片を、少しだけ垣間見た気がします。
そして、自分がいかに日本という国を理屈抜きに愛していたかを思い知りました。
でも、今は帰ってはいけないんだな、と。
何故なら、いま日本に帰っても私には何もできないし、することなんて何もないし、(私の実家付近は特にそんなに被害もないようなので)むしろドイツにいた方が、周囲の人間にしてみれば心配の種が一つ減るのでしょうから、そちらの方が良いに決まっているんです。
理屈ではわかっているのですが、何とも言えない焦燥感にかられてなりません。
でも理性でこちらに留まりまして(そりゃそうでしょ)、とりあえず、ネットやテレビやツィッターで、日本の情報をとにかくチェックしています。
ただ、全然予想してなかった事なんですが。
こちらの知人が、昼間、私の顔を見るなり『日本、大変だね』と言ってくれ。泣いてしまい。
その後、他にも知り合い程度の認識しかなかったこちらの人たちに慰めてもらい、やはり号泣してしまいました(恥)
あー、人ってお互いがいて、生きてるんだなあ、と。
私は何もできないんですけどね・・・いつかこういう事も音楽につながるんでしょうか。
最後になりましたが、今回の地震で身体的、もしくは精神的な被害に遭われた方、それから本当に残念な事に、亡くなられた方のご冥福、そしてそのご家族、ご友人の方に心から祈りを捧げます。
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